- 関内・伊勢佐木町
- 居酒屋・小料理
小林 璃代子
2000年生まれ、横浜育ち。 横浜市立大学で社会学を学ぶ大学生。人と人がつながるきっかけや受け継がれるものに興味を持ち、冊子制作、イベント企画などをおこなう。高校時代に商店街の人びとに惚れこみ、ローカルフリーマガジン「いきな下町商店街」を制作。現在は実験的な場づくりや地域のアーカイブをおこなう学生団体「下町編集室OKASHI」の代表として横浜橋通商店街を拠点に横浜の下町の楽しみ方を発信している。吉田新田が好き。
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そんな想いで13年前に開業した「愛嬌酒場えにし」。
まちの拠点であり、帰る場所であり、女性たちのチャレンジを支える場。お店だけでなく地域を、人を、したたかに力強く活気づけていく姿が印象的な、女将の田村由希絵さんにお話を伺った。
「もともとは、広告の仕事を23年ほどしていました。広告の専門学校を卒業して20歳の時に、六本木のデザイン会社に就職し10年勤め、大手企業の宣伝広告などに、グラフィックデザイナーとして関わらせていただいていました。子供を出産してからは、女性プロデューサーを探していた、赤坂の広告代理店社長を紹介いただき、ヘッドハンティングで会社を移りました。メディカル系やコスメ、エステ関係の広告を手がけ、その当時はウェブも普及した時代でしたのでグラフィック部門だけでなくウェブ部門も立ち上げて、広告プロデューサーとして、10年ほど働きました」
「40歳の時に咽頭癌のステージ4になり、5年生存率30%の宣告。1年間治療に専念するために休暇を余儀なく迫られました。抗ガン剤と放射線の同時治療の効果で原発ガンは消滅し、転移ガンも小さくなった。あと2年間は飲み薬の抗ガン剤で治療すればいいとなり、会社に復職しました」
「広告の仕事しかしていなかったし、この仕事をずっと続けていくと思っていました。でもガンで死にかけて、小学6年生の一人息子を母子家庭で抱えていたので、何か大切な人に残せるものを、場を作りたいなと。お金は残せても消えものだから。生まれ育った横浜で、大切な人と大切な人をつなぐ、お店をつくりたいと、ガンになったからこそ強く思いました」
「ガン治療中は食事が全くとれなくて食べ物に対しての執着もすごかったです。食べられること、普通に寝られること、笑えること。この当たり前のことできるのはとても幸せだなと。だから美味しいものを食べながら、大切な人と、笑顔でいられるこの場所を作ろうと思い、飲食店修行後の2011年、関内常磐町で10坪弱の小さな飲食店を始めました」
東北大震災の年だったが、「ともかく粛々と」復興支援などもしながらのスタート。
「はじめの3年間は必死でした。開業3年以内に結果が出なければ、潔くやめようと思って。広告時代に培ったイベント企画などもお店で展開していました」
6年後の2017年に現在の吉田町のお店を開業し、2018年からは現店舗のみの経営に。
ガン闘病中、中学生だった息子さんへ「私が死んだあとも大事な人を繋いでいく」場所としてのお店の役割も感じられていたのだそう。
また、えにしの特徴として欠かせないのは、街のつながりが強いこと。
「大切な横浜。戻って開業したからには、率先して、協力できるイベントには出店して、街を盛り上げていきたい。一般社団法人 関内まちづくり振興会の副理事長としても活動しています。『関内フード&ハイカラフェスタ』、吉田町では『吉田町まちビアガーデン』、去年は『野毛フェス』にも出店させて頂きました」
「MARINE &WALK YOKOHAMAの『BAY WALK MARKET』では、『おいしいかながわプロジェクト』という地産地消、地元のものを美味しく食べていただこうという企画の、認証店1号店というつながりで神奈川大学さんと一緒に出店しています。また吉田町の店舗でも「濱の八百屋 新鮮野菜直売会」を月に2回、縁側で地元生産者さんの野菜直売をしてもらい、店舗でも濵の八百屋さんメニューを出しています。トヨタモビリティ神奈川さんとは、神奈川の日本酒応援企画で、酒米を作る取り組みにも一緒に参加しています。若女将たちと共に田植えや稲刈りもやり、その酒米で作った新酒を、お店のお客様に味わってもらっています。
地元の写真家、デザイナー、ライターの方々と制作されている、フリーペーパーマガジン『女将旅』も注目!!
横浜の魅力的な飲食店の『女将〜OKAMI』を紹介し、店舗に訪れるきっかけや街活性の一助となることを目指して発行されています。
「女性が頑張っているのを応援したい。輝いている女性が多いし、女将の笑顔ひとつでホッとするような事がどのお店にもあります。そういう素敵な女将さんを紹介していくことが、横浜を盛り上げる事にもつながるのかなと」
「えにし開業前に修行をしていたアルバイト時代のお店にも、幼稚園の同級生だった女将さんがいて、頑張っている姿に憧れがありました。えにしのお客様たちと企画しつくり始めたのがこの『女将旅』なんですが、『女将〜OKAMI』って日本独特なワードじゃないですか。日本~横浜から女将を発信したい。飲食店だけじゃないとしても、女性経営者って少ないですから。
何年か前には『女将サミット』っていうイベントも開催しました。居酒屋の女将、バーのマダム、ナイトクラブのママに、仕事に対する思いとか苦労話、起業秘話などを話していただきました。今後も女性を応援できるようなイベントをやっていきたいです」
惹き込まれる、女将の世界…『女将〜OKAMI』とは、どのような人なのか。
田村さんは、「場をはっていて、お店の気を整える人」なのだと話す。
「お店を訪れた人が心穏やかに居られるように、場を整える人。おもてなしも然り。だから不義理をしているお客様にはご指摘させていただく事もあります」
えにしには、若女将や看板娘もいらっしゃる。
「スタッフの夢を叶えてあげたい。私の開業もそうですが、夢を形にしていくことが大事かなと。好きなやりたいことを形にして欲しいという思いはあります。スタッフの夢を形にできるイベントも開催していきたいです」
ここにくると、安心感と明日からまた動いていくための元気をもらえる。
いつもと変わらない女将のつくる空間やホッとする美味しいお料理に癒される。
「昔おばあちゃんがつくってくれていたようなもの、それがやっぱり一番ホッとして美味しいなって。心がホッとする食事。自分自身が白米好きなのでお米にもこだわり、日本酒は全国各地のものや神奈川の地酒を、若女将たちに厳選してもらっています。また会合などの出張で各地に行った時には仕入れもして、日本各地の旬の美味しいものを、えにしのお客様に食べて呑んでいただいています。季節のうつろいも感じあっていきたい。ここにくる人はみんな家族みたいなそういう思いがあるから」
旬のお刺身(800円〜)も、ほのかに甘くて心とろける「ゆず香る出し巻き玉子(800円)も、とびきりおいしい毎日食べたくなる味。イベントでも人気の唐揚げも絶品。利き酒セット(1000円)もおすすめ。大切な人とでも、ひとりでも居心地がいい。
「『困ったらえにしの女将に相談しなよ』という相談が結構多いです。お店をやっていると色々な情報が伝わってくるので、必要としている人には必要な情報と求めている人を繋げれば、三方良しでいいのかなと」
「お店はハブ。ここで人と人を繋げて仕事が生まれたりとか、親友ができたりとか。素敵な縁を繋いで、みんなが幸せになれることが、私の一番の幸せなのだと思う」
2024年4月末、13周年を迎えた、えにし。
「生きている間にできることって意外と少ないのかな。自分自身の想いや、えにしのスピリットを生きている間に繋いでいきたい。街と街を繋げて横浜を盛り上げるイベントもやっていきたい。えにしにしか出来ない事を企画して形にして、ご縁のあるお客様皆さまに喜んでいただきたい」
帰り際、「カンカンッ」と火打石を打っていただいた。
少しそとで頑張ったら、また帰ってきたいと思う場所。
縁がつながる、交差する「愛嬌酒場えにし」には、
今日もきっと、さまざまな人が女将のもとにあつまっている。
Shop info/店舗情報
- 愛嬌酒場えにし
- 住所
- 神奈川県横浜市中区吉田町64ー3
- 営業時間
- 月~金 15:00~24:00 土・日 14:00~23:00